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日記

akiraaniの日記: 書籍の著作隣接権解説エントリのようなもの

日記 by akiraani

 著作権法改正案とは全く別のところで議論が出ている書籍の著作隣接権についてですが、話のネタにするときに基礎的な部分の事情がややこしくて説明がめんどくさいので日記にまとめておこうかと。

1.著作隣接権とはなんぞ?

 著作隣接権とは著作物の公衆への伝達に重要な役割を果たしている者に与えられる権利です。音楽・映像では「実演家(演奏した、歌った人」「レコード製作者(RIAJ、レコード会社各社)」「放送事業者(TV、ラジオ局)」「有線放送事業者(有線放送、CATVなど)」の4つに与えられる権利で、内容は複製権、公衆送信権などいわゆる著作財産権になりますが、実演家の権利には著作人格権も含まれます。
 著作隣接権は著者の著作権とは独立して与えられる権利で、著作隣接権が発生する著作物は著者だけではなく著作隣接権利者の許諾がないと、複製、配信などが行えなくなります。たとえば、テレビの音楽番組でCDから曲を流した映像を私的ではない目的で複製しようと思うと以下の権利者すべてから許諾を得る必要があります。

  • 著作者:楽曲の作詞・作曲・編曲者→JASRACと契約
  • 実演家:アーティスト→CPRAと契約
  • レコード製作者:レコード会社→RIAJと契約
  • 放送事業者:テレビ局→統括権利管理団体がないので局に個別交渉

 著者の著作権と著作隣接権はそれぞれ独立した権利(著作権法90条)なので、どこか一つでもNGを出してくると使用できなくなります。
 いわゆる録画代行サービスなどがのきなみNGになるのは、これらすべての権利者から許諾を得る手段が事実上ないからです。

2.書籍の著作隣接権ってどういうもの?

 書籍の著作隣接権は版面権という言い方をしていることから、レコード製作者の権利の書籍版を意図しているのではないかと考えられます。
 レコード製作者の権利の場合、録音やマスタリングなどの原盤の作成にかかわることから原盤権といった呼び方をしますが、これを書籍にあてはめて版面権といった言い方をしているのではないかと思います。
 つまり、レイアウト、表紙などのデザイン、校正等を行って完全版下を作成したものの権利が想定されているんだと思います。この場合、書籍そのもののコピー(スキャンデータの電子販売など)については出版社が権利を主張することができるようになりますが、テキストだけを抜き出したものや、出版前の原稿をコピーしたものについては版面権は及ばないということになる公算が高いです。

3.出版社が今持っている権利ではだめなの?

 書籍の出版社は、そのものずばり「出版権」という権利を持っています。
 出版権は出版にかかわる著作物の複製に関する権利で、出版以外の目的の複製は対象外になります。その代り、著者の権利そのままを受ける形になるので編集作業なんかをやり直した場合でも出版目的の複製について禁止することができます。
 また、出版権には義務も含まれていて、以下の二つを満たす必要があります

  1. 完成原稿を受け取ってから半年以内に出版する
  2. 慣行に従い継続して出版する(増刷できる状況を維持する)

 このため、出版契約は期間が定められていて、一定期間を過ぎて増刷の見込みがなくなれば出版契約が打ち切りになり出版権も消滅します。これがいわゆる絶版です。

4.著作隣接権がないと海賊版が取り締まれないって、本当?

 出版権での取り締まりが難しいといわれている理由は二つあります。

1)出版以外の複製が取り締まれない
 スキャンデータをネットに流すものはもちろん、電子書籍の販売も出版ではないと解釈するのが一般的な見解のようです。このため、電子書籍の海賊版については出版権では対応できません。

2)絶版書籍については権利が完全になくなる
 絶版になると出版権すらなくなってしまいます。出版契約とは別に権利委譲などを行っていない限り、出版社の著作権については完全になくなります(※)。このため、絶版書籍については出版社は本来いっさいの口出しができません。

※ただし、キャラクターなどの商品化権などについては著作権ではないのでまた話は変わってくる可能性があります。

5.じゃあ、これまで出版社はどうやって取り締まってたの?

 出版契約の中で個別に著作者から権利を委譲するなどの項目を設けて対応しています。以前に調べたことがあるんですが(参考)、権利処理にかかわる業務は出版社に任せるものの、必要があれば別途相談するという形になっているのが一般的なようです。
 ということは、著者の複製権侵害に関しては著者は自身が個別に訴えを起こすこともできるし、出版社経由で何かする場合も出版社が著者と協議して対応するという形になっているというこです。逆に出版社がアクションを起こす場合は、各作品について担当編集を通じて著者に連絡を取ってから訴訟なり通報なりの行動を起こしていると思います。
 まあ、これも絶版になるまでは、の話ではありますが。

6.出版社に著作隣接権があることの具体的なメリットは?

 書籍の場合は権利は各出版社がばらばらに管理していて、基本的に著者と相談して対応を決めることになっているので、違法サービスなどの対処では組織としての動きはどうしても鈍くなります。仮に版面権が認められたとすると、書籍をスキャンして何かするようなサービスに関しては出版社の一存でアクションを起こすことが可能になりますので、今よりは迅速に対応できる可能性があります。
 ただし、著作隣接権が発生するのは「出版社で編集を行ったデータがスキャンされて使用されている」「著作隣接権を盛り込んだ法律の施行日以降に発行された出版物」に限られますので、影響範囲は極めて限定的です。少なくとも施行後何年もたたないとまともに効果を発揮しないでしょうし、海賊版対処を含めた業界全体での権利処理組織を立ち上げる必要があるのではないかと思います。

7.作家の人たちはどうして嫌がっているの?

 単純に、損しかしないからです。
 まず、出版社側の言い分である電子書籍の権利処理が簡単になるのは明らかに嘘です。著者の権利はやっぱり個別に管理する必要があるので、出版社に隣接権があっても同じですし、許諾をとる権利者が増える分話がややこしくなるだけで、効果としてはむしろマイナスです。
 次に、海賊版対策ですが、対処が遅れる根本的な原因は権利処理が業界慣習にしたがってなぁなぁで行われていることにあります。そのあたりをきちんと対処したいのであればJASRACのような著者向けの権利管理団体を組織して、書籍の出版も含めてありとあらゆる権利処理を処理できる外部窓口を整備すればいい話で、著作隣接権のような限定的な効果しかない権利を導入する意味はほとんどありません。現在ある権利管理組織はどれも限られた枚数の紙への業務コピーを行う場合に料金を徴収するだけの組織で、電子化データについては取り扱っておらず、海賊版の取り締まり業務なども事実上行っていません。
 一方で、著作隣接権が導入されると、出版社側に絶版後も権利が残ることになりますので、他の出版社で再版したりする場合や、出版社が倒産して権利が処分されてしまった場合などにトラブルになることが考えられます。そのような場合に真っ先に被害をこうむるのは作家当人です。また、隣接権を行使することで出版社の持つ作家への影響力が大きくなるため、悪質な出版社が作家に不利な契約などを押し付ける可能性もあります。

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