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yosukeの日記: 便乗本。

日記 by yosuke

はやぶさ 不死身の探査機と宇宙研の物語
便乗本である。まあ幻冬舎のやることだからねぇ…。便乗本を出して売れると思わせたムーブメントのみに敬意を払って"買ってはいけない"とまでは言わないけど、"読むだけ無駄"くらいは言っておく。

これだけじゃ、ただの悪口ととられかねないだろうから、なぜ私がそう思うのかを書いておく。

1. これは「はやぶさ」の本ではない。
本書は296ページしかない新書である。扉・はじめに・目次・おわりに・奥付まで含めて。
しかしだ。プロローグではやぶさの第1回目の着陸の際の管制室の様子を描写した後に始まる第1章、驚くべきことにそのタイトルは「逆転の糸川英夫」である。唖然。おまけにその少年時代のエピソードまで書かれているのだ。
そこからペンシル→ベビー→カッパ→おおすみと文章は続き、M-Vに至るまでのページ数は4章130ページ。ほぼ半分を占める分量である。内容は…この本の抜粋という感想しか持てない。
このあとようやく第5章からはやぶさの話を夢→提案→WG設置と始めていくわけだが、15ページ後にはもうMUSES-C打ち上げである。いったい何の本だ、これは。
「『〜と宇宙研の物語』とサブタイトルにつけてるんだから」と言い訳するのかもしれないけど、その前に「はやぶさ」というタイトルの本だろうに。

2. 文章が無駄な装飾ばかり。
さて。プロローグ・第1〜4章を過ぎて残りは120ページ未満。かなり端折らないといけない分量である。
ところが。いきなり打ち上げシーンに以下のような描写が入る。

胸の高鳴りを感じない者は居ない。しかし、誰の声にも抑制が利いている。「定時項目」が次々と消化されていく。古株の教授連は、ペンシルの裸電球に想いを馳せている。この時ばかりは、若手の助教授も、米寿を迎える名誉教授も皆、少年時代の無垢な瞳の輝きを取り戻している。
  第5章 「はやぶさ」への道 p195

一文字もいらない。そもそも見たんかい聞いたんかい、と言いたい。
このような描写が至るところに挿入される。あげくの果てにエピローグには

2010年6月、ウーメラ砂漠
多くの日本人研究者がオーストラリアの砂漠地帯・ウーメラに集い、顎が疲れるなぁ、と愚痴を零しながら、上空を見上げていた。アフリカでは、サッカーW杯が開催されていた。
  エピローグ・復活 p290

などという無意味な文章まで存在する。ページ数稼ぎかとまで思ってしまう。残り120ページ未満でこんな文章が入るので、情報量はかなり少ない。
ついでにいうと、プロローグの文章もこんなもの。
#あ。あと不思議な運動量保存則と角運動量保存則の説明もあった。

3. 新しい情報は皆無。
半ば呆れながら最後まで読んでいく。おわりににはこうある。

本書は、敢えて研究所内の"独自の情報"には頼らず、出来る限り公式ウェブ、論文、雑誌、その他一般に公開されている一次情報を元に、物語を綴ることにした。その理由の第一は、それに応えるだけに充分に"情報公開"が為されていることの"実証実験"であり、第二は屈強の著者が、後に数多く控えておられるので、裏話はそちらにお任せした方が、遥かに面白く、かつ適切だからである。
  おわりに p295

なら書くな。
ノンフィクション作家に求められるのは独自の取材じゃないのか。
実際、公式サイトやL/Dを一通り読んだことがあるならば、この本を読んで新しく得る情報など何一つない。
#論文といってもScience掲載の論文は読んでいないみたいだしね。科学的成果がここに書かれていることの丸写し。

まあ、本人もそういっていることだし、他の著者による適切な本を早急に希望する。
#武士の情けでブックレビューにはタレコまない。一瞬本気で考えたけど。

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【追記 2006/12/28】こんな本を買ってしまった自分に腹が立ったので、せめて元を取ろうと思って書いた文章だけど、予想通り評判が悪いみたいなので。似非モヒカン族ワナビーとしては、せっかくなので見かけたコメントに対してさらに書いてみる。
#それに、思うにどう考えても農民の血筋だろうから、武士の情けなんて持つ必要がないんだった。

・畏友の本に対して別媒体で悪評を書く人間は、一般的にはそれほど多くないと思うけど。
・よくまとまっているとは思えない。正直 オリジナルのほうがいい。時系列順にあるわけだし。
・確かにそんなに宇宙開発に関する本を網羅して読んでいるわけではないから、今ざっと見たところでは、手元に25冊くらい(宇宙論、天文、SETIなどに関する本は除く)しかなかった。まあ少ないんでしょうね。ところで、「やんちゃな独創」は読んだことはあります?
・新しい情報というのは最新の情報のことではない。この本を読んで、何か知識・情報が増えるかどうか、という話。
・視野狭窄というのはどっちのことだろう。目的は手段を正当化しない。題材以外、どこが自分にとって良かったのか、具体的に聞きたい。あと、この本が売れることと、はやぶさ・はやぶさ2の予算獲得とはほとんど何の関係もない。
・とある本より引用。強調は引用者。

(東條英機が昭和十八年)十月に、陸軍の飛行学校に、学生たちへのねぎらいも込めて、視察に行った時のこと。東條は学生に「B-29が飛んできたとする。そうしたら、君は敵機を何で撃ち落とすか」と問い掛けた。問い掛けられた学生は教科書通りに「十五センチ高射砲で撃ち落とします」と答えると、東條は「違う、そうじゃない。精神力で撃ち落とすんだ」と語ったという。

保坂正康 "あの戦争は何だったのか" 新潮新書 2005年 p150

↑正直、同じものを感じて薄ら寒くなる。↓

「はやぶさ」の燃料は未だ尽きていない。地球に帰還するに際し、最も重要なものはキセノン・ガスの残量ではなく、皆さんの応援である。「はやぶさ」は人の情熱を推進剤とした、世界で初めての探査機なのである。
  はじめに p7

No bucks, no Buck Rogers.はいいとして、最後の一文のようなものを発する人間は信用できない。
・圧倒的な筆力とか熱い文章とか言う人には、ノンフィクションでもフィクションでもいいから月に一冊くらいは(実用書ではない)まともな本を読め、と言いたい。実際に見てもいない人間のでっち上げの安っぽい文章でいいのなら、そんなものある程度までは書けるんじゃない? プロジェクトXのパロディはみんな得意だろうし。

1996年、小惑星サンプル・リターン計画はISASの宇宙工学委員会を通過し、続いて予算を獲得した。史上初の小惑星からのサンプル・リターンに挑む探査機、MUSES-C計画が今ここに始動するのだ。
計画が動きだし開発が進んでいくにつれて、誰とはなくこんな言葉が口をついて出てくるようになった。
「この探査機は宇宙に出て戦いに挑むのだ」
そうだ。この探査機は我々の代わりに宇宙に出て、機械にとっては理想的な環境とはほど遠い惑星間空間を長期に渡り飛び続け、NASAの向こうを張って宇宙と小惑星と戦い、未だに太陽系が隠し続けているその起源の神秘を史上初めて勝ち取ってくるのだ。さらに言えば、MUSES-Cには(一門とはいえ)大砲とも呼べないことはない装備、サンプル採取機構もある。波動エンジンはないがイオンエンジンがある。これこそまさに宇宙戦艦ではないか。
学生ノリのISASである。早速、人気アニメーションに出てくる宇宙戦艦を模したステッカーが作られた。1997年2月に開始されたイオンエンジン耐久試験のスタンドには、まるで戦時中の撃墜王が撃墜マークを付けるように、マイルストーンごとにそのステッカーが貼られていった。
またある者は、そのアニメーションの主題歌に出てくる艦名を「MUSES-C」に、目的地を「1989 ML」(当初のターゲット)にした替え歌を作り、印刷して掲示した。その歌詞にはこうあった。「必ずここへ帰ってくる」。そう、この宇宙戦艦は、戦果を携えて地球に帰ってくるのだ。

宇宙研の一般公開で見たものからでっち上げた文章だけど、少なくとも糸川英夫の弦楽四重奏よりははやぶさに関係あると思う。

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